第十回 宮森宏和 × 殿内崇生



株式会社ゴーゴーカレーグループ
代表取締役 宮森 宏和(みやもり ひろかず)
生年月日1973年 石川県金沢市生まれ。
高校を卒業後、専門学校を経て地元の旅行会社に勤務。同郷・同世代の松井秀喜選手が活躍する姿に影響を受け、会社を退職。2004年に「ゴーゴーカレー」1号店を新宿にオープンしました。現在、国内にとどまらず、ニューヨークでの出店含め計76店舗を展開しています。宮森氏はゴジラ松井選手の活躍に刺激され、自分も世界で何かを目指そうと脱サラを決意しました。脱サラして修行したのは濃厚なカレールーにトンカツとキャベツの千切りを載せる「金沢カレー」でした。修行の結果は大成功で新宿本店をはじめ、現在は76店舗を抱えるまでのカレーチェーンにまで成長致しました。なお、2016年3月18日に横浜初出店である「ヨドバシ横浜スタジアム」がオープンしております。
殿内理事長
本日は宜しくお願い致します。
早速ではありますが、ご質問致します。ゴーゴーカレーを起業しようと思ったきっかけを教えて頂けますか。
宮森 氏
一番は何と言っても松井秀喜選手のホームランです。20代の頃はサラリーマンで旅行代理店に勤めておりました。右肩下がりの会社で将来を考えていた時に松井選手がジャイアンツからニューヨークヤンキースへ移籍して満塁ホームランを打ったのを見て「自分もメジャーになろう!」と思いました。メジャーとは何かを考えビジネスでメジャーになる事を考えました。小さな事ではなく世界を相手にする事を考え「では何でメジャーになれるのか。カレーだ!」と思いました。当時、カレーはあまり市場に無かったので「これはいける」と確信して12年前に始めました。
殿内理事長
今は金沢カレーというと沢山ありますが当時はそんなに無かったのですか。
宮森 氏
石川県内にはありました。
自分で修行して東京・ニューヨークにお店を出そうと思い2004年5月5日新宿に1号店をオープンし何店舗か出店した後に2007年5月5日ニューヨークに出店しました。今では店舗だけでなく業務用の卸しやレトルトも販売しています。
殿内理事長
サラリーマンから急に脱サラして転身する事はかなり勇気が必要だったのではないですか。
宮森 氏
不安が無かった訳ではないですが成功したつもりで「これだ!」とビビっと感じたものを間違いないと思い進んでいました。何も知らなかったというのが大きいと思います。東京もそうですがニューヨークも行った事はありましたがほぼ知識はありませんでした。もちろん経営面でも何も分かっていませんでした。
20歳の頃ニューヨークのマンハッタンを見て「何てすごい場所なのだ」「いつかもう一度ここへ来るぞ」と思っていましたがそれを忘れていました。しかし、松井選手がヤンキースで満塁ホームランを放った場面を見た時に「そうだニューヨークへ行くって言っていたじゃないか!」と思い出しました。
殿内理事長
最初は一人で始めたのですか。
宮森 氏
最初は一人でした。自分でカレーも作っていました。当時を思えば経営計画も表紙入れて5枚しかありませんでした。それでも出店する事は出来てしまいました。
例えば小学生の頃にプロ野球選手になりたいと思った子がいるとします。でも現実にプロ野球選手になるのは相当大変ですよね。でも子どもたちはそんな事を考えずにプロ野球選手になりたいと思い行動します。ニューヨークへ行きたいと思ったのもそんな感じでした。
東京でも大変な事はありましたがニューヨークは東京の出店が比でないほど、すごく大変な事もありました。例えばゴーゴーカレーという名前の通り5月5日にオープンしたいのに店舗の工事が全然進まないのです。仕方ないので大工経験のあるスタッフに5月5日以降も残業してもらい店舗を仕上げていきました。また、カレーを作る機械が5月5日に届かず結局届いたのが6日でした。でも5月5日に絶対オープンさせたかったのでみんなで機械を使わず鍋でカレーを作りオープンさせました。ただ、翌日の6日はいきなり臨時休業になりました。その6日に機械は届いたのですが業者が店舗の入口に機械を置いて帰ろうとするのです。半金は契約時に払っていたのですが残りは納品時に支払う契約でしたので「店内に入れないなら支払いをする事は出来ない」と言うと「じゃあ仕方ないね」とその機械を持って帰ろうとしたのです。これにはさすがに参って「ちょっと待って!」と言い「ここでいいから。支払いはするから」と置いて帰ってもらいました。そして、どうにかみんなで店内に搬入し作業が出来る状況になりました。ある人から聞いた話で海外でのビジネスは「あきらめない」「あせらない」「おこらない」「あてにしない」という事を守ってやってきました。ニューヨークで出店した事でとても強くなりました。
殿内理事長
今では会社のシャツを着てニューヨークへ行けばハイタッチされるほど浸透したとのお話を聞いた事があります。ニューヨークというと世界各国の料理があるというイメージはありますが、元々ニューヨークにカレーの文化はあったのですか。
宮森 氏
そうですね。今では、有り難い事にニューヨークには6店舗出店する事ができました。
日本食レストランの中にあるカレーはありました。また、日本人の家庭に招かれて食べるカレーというのもありました。ただ、この様な店舗形態はありませんでした。アメリカではどの国の食べ物かという様な感覚はあまり無いのかも知れません。美味しい物に出会えば毎日同じ物を食べるという事も日本と違いがありました。
オープン以来、全店舗で売り上げが対昨年越えを続けています。価格の変化は一切ありません。インフレしているので実質の金額以上の売り上げとなっています。ちなみに家賃は10年で約倍程度まで上がりました。ドルだての資産が出来たのでもし日本が破綻した時にもドルから日本の店舗を救済する事も出来ます。海外に事業を起こす時にはコンサルを使う様ですが我々は一切使いませんでした。
殿内理事長
今、海外に進出したいと考える日本の企業は、日本市場が縮小しているのが動機であると思うのですがお聞きしていると「ニューヨークが好きだから行く」といった事が良く分かりました。これからの市場が見込めるから進出するのではなく、夢があるからその場所に行くという純粋な気持ちで取り組まれた結果だろうと感じさせて頂きました。
宮森 氏
安易に海外に進出する企業もありますが僕は逃げていると思います。安い方、弱い方へ行くのは簡単なのです。また、アメリカでも西海岸と東海岸では全く別の国と言っていいほど違いますよね。東南アジアの企業が日本に出店する時に近いからという理由で九州には出店しないと思います。やはり日本では東京なのです。従ってアメリカではやはりニューヨークなのです。業種にもよると思いますが。やはり夢を持つ事が大事なのです。そしてそれを諦めなかった人が夢へ到達出来ると思うのです。オリンピックで金メダルを取っている人も諦めてないからそこへ行けるのです。また、それには強烈なビジョンが必要だと思います。ニューヨークに強い思い入れがあったから出店できました。日本での出店は何故、先ず東京だったのかは日本の「てっぺん」だと思ったからです。そしてニューヨークは世界の「てっぺん」だと思ったからです。「てっぺん」で成功すれば川下へ降りて行くのは簡単に行けると思いました。そしてサンパウロやシンガポールにも出店する事が出来ました。個人経営の居酒屋さんが夜の営業がうまく行かずランチ営業を始めるケースは良くありますが夜の営業と昼の営業は全く違います。そして昼、夜と営業する事によってスタッフの方が疲弊し、夜も疎かになって行くという事を良く見ます。これでは本末転倒だと思います。本業の土台をしっかりと築き、そこから次のステップへ進まないと両方共倒れてしまいます。経営は技術と市場だと思います。全く違う土地で商売を始め様としても市場を理解していなければ絶対にうまくいきません。そして技術です。技術がなければ何もできません。海外で企業を成功させるにはそこに気合と根性が必要とされます。
殿内理事長
会社の名称やデザインが印象的に感じるのですが、これまでの会社の逸話を教えて頂けますか。
宮森 氏
松井選手の背番号であった55から会社名のヒントを頂きました。また会社のロゴカラーは某ファストフード店からヒントを得ました。また、ロゴマークはあるカフェからヒントを得ました。成功している企業には細かい所にもそれなりの理由があります。私は「ある物とある物」をかけ合わせて「新たな物」を作りました。会社が伸びるには運も必要だと思います。ただ、運は待っているだけでなく取りに行く事が必要だと思います。
殿内理事長
この10年で金沢カレーの文化を広げられて来られた事とこれだけの規模の企業にされたのは、同世代としても大変刺激を受けさせて頂いております。
宮森 氏
まだまだ小さいですね。本当なら今頃555店舗にして1部上場企業になっていたはずです。ただ、今は違う戦略で経営を進めています。
殿内理事長
ゴーゴーカレー様のイメージは、オープン当初からマスコミに取り上げられ、インパクトが大きかったのを覚えております。メディアの力を利用しようと考えた仕組み作りはあったのでしょうか。
宮森 氏
メディアの力はすごいです。あと、SNSが流行りだした時期でそこに乗っかり皆様に宣伝をして頂きました。プレスリリースやCM等はしていなかったのですがこれは皆様のおかげだと思います。今後はCM等も行っていこうと思っています。ここまでは気合と根性だけで進んで来ました。ただ、更なるステージへ進む為にはしっかりとした戦略の下で経営を行うべきだと思っています。つまり経営力が必要だと思います。長く続く企業の方も多いと思いますが何代目でも起業した方でも同じだと思います。前人から引き継いだ状況を0としてどれだけ大きく出来るかが経営力だと思います。縮小したり潰れたりするのは経営者の責任であり、何故、その様な事になるのかを考えれば顧客が縮小しているからです。経営者の一番の仕事は顧客の創造だと思います。そして次に繋げる又は会社を売る時に何をどれだけ大きくするのか明確な目標を持ち進んで行く必要があります。企業は砂山と同じで上に土を盛ってもどんどん崩れていきます。崩れない様な山を築く為に土台をしっかりと作らなければなりません。その為に同じ市場で違う商売をする事もあるかもしれません。それは「創発」する事でもあると思います。エスカレーターと同じで乗っていればみんな登っていく時代もありました。しかし、21世紀は下りのエスカレーターだと思います。乗っているだけではどんどん落ちて行くのです。これを登り続けなければならないのが現代の経営者だと思います。企業全体で学習し続けなければどんどん落ちていきますね。我々の会社も倒産しそうになったからこの様な事実に気付く事が出来ました。
殿内理事長
ゴーゴーカレーの会社の理念や宮森社長の夢を教えて頂けますか。
宮森 氏
「美味しいカレーを世の中に広め世界を元気にする事」
「カレーが世界中の人々の日常食となり、至る所で我々の製品及びサービスを目にする事が出来る。またそれらは愛され必要とされなくてはならない存在となりみんなの元気の源となって世界の平和に貢献したい」この様な理想を追い続けます。東日本大震災の際にもカツカレーを持って行きましたが「とても美味しい」と言って頂きました。それは、私たちもとても嬉しいし、心が豊かになりました。養護施設や孤児院等にも同じ様な活動を行っています。この様な活動が理想です。利益を使い、何をするかがミッションだと思っています。利益は経営資源です。この資源を最短・最大化できる人が経営力のある人間だと思います。
殿内理事長
本日は長時間に渡りましてありがとうございました。宮森社長のお言葉一つひとつに情熱を感じさせて頂きました。7月例会の際もどうぞ、宜しくお願いします。
宮森 氏
ありがとうございました。
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対談後記
今回対談させて頂いた宮森社長には7月例会にお越し頂くが、世代も近い事もあり大きな刺激を受けた。夢を持つ事、経営を学び続ける姿勢。理想と現実を重ね合わせて日々過ごされているそんな印象と共に自身の仕事を考えた時に現状に満足していないかと自分自身に問いをかけた。会社が長い時間存在続けるには、時代に合わせた変化をしていく必要があると常に感じる。そして、社会に必要であり続ける会社である事。改めて自分が見つめるべき所が明確になったそんな時間だった。
殿内崇生





